四月馬鹿に動いた


mistake of April fool



 突然だが、古泉は俺のことが好きなんだと思う。何故かって唐突に気付いたからだ。
 前兆はあった。放課後の部活もとい団活で古泉とボードゲームをしていると視線を感じたこと。ただし、それは見上げるとすぐにその気配はなくなっていつもの読めない笑みをしていた。しかし、何度もそれを繰り返されれば思うこともある。
 そして俺は唐突に気付いた。
 古泉は俺が好きなんだ、と。
 同時に俺自身の感情にも気付いた。忌々しいことに俺も古泉のことが好きなようだ。古泉の視線に嫌悪を感じなかったのだからな。俺もだがフロイト先生も飛び上がるほどびっくりだ。
 自分の感情に気付きながらも俺から言うのはなんだか癪で、バレンタインデーにもホワイトデーにもなにも起こらずにずるずると来て数ヶ月。とうとう二年になるってところまで来ちまった。古泉も古泉だ。好きなら好きと言ってしまえばいいものを、自分は見てるだけで充分ですとばかりに俺に視線を投げ寄越すだけだ。
 それに加え、今までは意識していなかった近すぎる距離に俺の方が狼狽えてしまった。あいつは元々パーソナルスペースが近すぎる。俺のパーソナルスペースはそんなに狭くないんだ。お前と一緒にするな。
 そんなこんなで春休みを迎えてから俺は古泉のことを考える時間が増えた。学校があった時はほとんどハルヒが側にいたこともあって古泉のことを考える時間が少なかったから助かったものの、長期連休になれば不思議探索以外ほとんど家にいることが多いからそういう時間が必然的に増加したのだ。
 ハルヒが恋愛を精神病の一種だと放った言葉は正しいのかもしれない。悩みすぎておかしくなりそうだ。
 摂取した糖がまた減少したところでそろそろ布団に潜ろうかと思った時、枕元に置いていた携帯が震えた。サブウィンドウを見るとその着信は古泉からだった。まさかのタイミングだぜ。
 俺は何故だかそれに出なければならないような気がした。出なければこれ以降なにも起こらないような気がして。気付いたら通話ボタンを押していた。
『古泉です』
 耳に携帯を押し付けるといつもの声が聞こえた。
「なんの用だ」
『大した用ではないのですが』
「だったらなにも電話じゃなくたって」
『すみません』
 だったら切るぞ、と言おうと思ったら古泉がそれを遮った。大した用じゃなかったんじゃないのか。
『いえ……』
 いらんことまで饒舌に紡ぐ古泉にしては珍しく歯切れが悪い。
『……嘘だと思って聞いてください。エイプリルフールですから』
 ああ、そうだった。今日は四月馬鹿の日だったな。団長殿は不思議探索後の休憩時にとんでもない嘘をぽろっと吐きだした。あれには流石に驚いた。
『いいですか、これから僕は嘘をつきます』
 断る理由もなくて、俺は部屋を見回しながら右耳に押し当てた携帯に耳を傾けた。
『……好きです』
 視界が時計を捉えたところで俺の身体の動きの全てが停止した。
『好きなんです。前から、ずっと』
 デジタル時計が進むのを呆然と眺めながら耳から入る音を脳がゆっくりと咀嚼する。
 好きとこいつは言った。しかしこれは嘘だとも言った。エイプリルフールだからと四月馬鹿を理由にしてまで。
 今まで言えなかった言葉を嘘にすれば簡単に言えるとでも思ったのか。馬鹿野郎。
『……すみませんでした。忘れてください』
「ちょっ、待て!」
 このまま通話を切ろうという気配を感じてなにも考えずに慌てて遮った。しかし俺はあることに気が付いた。
「古泉、時計見ろ」
 俺の部屋の時計が狂ってなければおそらく俺の推測は正しいものになるはずだ。
 しばらくして携帯越しに息を呑む気配を感じた。
『あ、あの……すみません、これは……』
 どうやら古泉も気付いたようだ。
「……嘘にならないぜ」
『いえ、だから嘘……』
「お前がそんな嘘を俺に言ってなんの為になるんだ」
 はっきり言っちまえよ。お前も、俺も。
「俺も……好きなんだ」
 思ったよりその言葉はするっと出てきた。
『本当……ですか?』
 言葉通りだ。お前が俺を何度も見るから俺も好きになってしまったようだ、とは言わない。
『僕も、好きです。さっきはすみませんでした。好きです、あなたのことが』
 恥ずかしくなってくるから何度も言うな。首の後ろ辺りがこそばゆくなってきたぜ。
「なあ、今からお前のところに行っていいか? 住んでるところ教えろよ」
『いえ、僕があなたの家近くの公園まで行きます。その方が早いでしょう』
 解ったと通話を切ってすぐ着替え、両親や妹を起こさないよう階段を下りた。玄関の開閉も音を極力立てないようにした。自転車を使うのはまずいだろうな。大きな音を立ててしまう。
 お前のところに行っていいかなんて急すぎただろうか。しかし俺はあいつに無性に逢いたくなった。だから俺は肌寒さを感じる四月の夜を公園まで走った。走れば暖かくなるからと誰も聞いてないのに言い訳をしながら走って目的地を目指す。
 辿り着いたそこにまだ古泉はいなかった。
 公園の入り口近くに立って道路の先を睨む。まだ人影はない。
 早く、早く来いよ。
 手持ち無沙汰になって携帯の開閉を繰り返していると、走る足音が聞こえてきた。高校指定のローファーに近い音のような気がする。
 靴音が聞こえる方の道路を見れば、見慣れた影は髪を振り乱して走ってきてる。
「……古泉」
 俺たちは馬鹿だ。たった二文字の言葉を言えなくて四月馬鹿という名にふさわしい馬鹿をしていた。
「お待たせしました」
 近くまで来て見上げた先にいつもと少し違った笑顔があった。そこで俺はまたどうしようもないことに気付いてしまった。
 俺は相当こいつのことが好きなようだ。
「……おせえよ、ばか」
 来るのも言うのも、遅いんだ。だからこんな四月馬鹿をやっちまったじゃねえか。
 でもどこか満たされてる気がするのも事実だった。

Closed...



 四月馬鹿にふさわしい俺たち。始まりはここから。


April fool : 2009.04.01 - 04.02