弧が描くのは、変化と不変
最近気付いた。親友の笑みが変わった事に。
「ルルーシュ。お前、最近付き合い悪いよなぁ。何かしてんの?」
「別に」
「そうか?」
「敢えて言うなら……いや、止めとく」
途中で話すのを止めたルルーシュに気になるじゃんか、とリヴァルが何度問い詰めても親友は素知らぬフリで積み重なる書類を片付け続ける。ルルーシュは秘密主義すぎるんだ。総てを話さない。
何も話さない相手に諦め、椅子の背もたれに寄り掛かったリヴァルに親友は笑みを返した。
(あ、また)
諦めろ、と返した親友の笑みが、口元が軽く弧を描く。それは笑えば当たり前の事なんだろうけれど、七年前はそんな笑い方をしていなかった。彼の皮肉ったような、どこか中途半端なそんな笑みは。昔はもう少し柔らかな感じがしていた。
あの頃は、一緒に遊べば純粋に笑い、悪戯にくすぐれば声を上げて笑っていた。
それが今では、あまりそう笑わない。己から壁を創り、他者と関わらないとばかりに。成長した、といえばそれで終わりだが、七年前一緒にいた自分にしてみると昔より他者との関わりを絶つという事に拍車が掛かっているように思える。
しかし、この生徒会に来れば、それは幾らか和らぐ。会長さんの突飛な計画に溜め息をついたり、リヴァルやシャーリー達と談笑して少し騒いだり。教室では見られない親友をここでは見られる。それでも、まだ何かが違う、足りないんだ。
「スザク」
「え、あ……なに?」
「手、止まってる。それではいつもの時間に終わらないぞ」
聴き慣れた彼の声で紡がれた自分の名前に思考に入りすぎていた事を知り、手元を見れば、処理出来ていない書類がまだたくさんあった。
「う、うん。……これ、終わるかな?」
「頑張ればな」
「そうだね」
苦笑を浮かべ僕も作業を再開した。
手が動いても気になるのは、やはり親友の笑み。時々彼の表情を伺いつつ、昔は違った、今はあまり笑わない、と思考のループ。それがまずかったのか、残り僅かというところでミスを指摘され半分以上やり直しとなってしまった。
「ごめん、ルルーシュ」
「別に構わない」
夕暮れの中、紙が擦れる音だけが響く生徒会室に親友と二人だけ。ミスをした量は結構あり、定時を一時間過ぎた頃にやっと残り少しになった。しかし、ミスを訂正しながらの進度だから結構時間がかかる。
「……君はもう帰ってもいいんだよ」
「ここまで来たんだ、最後まで付き合うよ。残り僅かなんだから二人でやれば更に早いだろ」
表情があまり出ていなかった顔がふっと笑みを浮かべて僕を見る。
(まだ……まだ足りない)
何が足りなくて、何を彼に求めているのか、自分でさえも解らない。だから、彼にそれを問う事など以ての外。
「スザク、また止まってる」
今度は呆れ顔に苦笑を混ぜた表情。これはよく眼にするものだった。猫祭の時にみんなが無事で良かった、と泣いてしまった時にも見た。
しかし、これじゃない。
どうすれば昔のように笑ってくれるのか。どうすればもう一度見られるのか。書類の訂正をしながら、また思考のループに嵌った。
「終わったな」
「うん。君が手伝ってくれたお蔭で思ったより早かった。ありがとう」
「ああ」
訂正を終えた書類をまとめ、机の端に置く。これでやっと提出が出来る、と親友はほっと溜め息を吐いた。
その親友を眺め、結局ループから逃れる事の出来なかった疑問の答えを僕はまた探し求めていた。どうすれば、どうすれば、と繰り返しながら。
(そういえば……)
笑った顔を見ていないとばかり思っていたら、驚いた顔も見ていない事も思い出した。
あの頃は彼のすました顔が気に食わなくて、少しでも驚いた間抜けな顔を見たくて、単純に驚かせたものだった。最初は怒っていたが、何が面白くなったか判らないまま二人で笑った。これも懐かしい想い出だ。
そこでふと思い付いた。
驚かせれば、また笑ってくれるのではないか。ちょっと怒って、その後笑う。そうすれば、簡単な書類でミスをする程見たかった親友の笑い、笑みを見られる。
そこから実行に移すのは速かった。
「ルルーシュ」
名を呼んで、彼が振り向いたと同時にタックル。昔、彼を驚かせた時と同じ方法。他の方法を考えてる余裕なんて無かった。
親友の息を詰めた音、二人揃って床に倒れ込んだ音、それらが室内に響いた。舞った微かな埃がきらきらと差し込む夕陽の明かりで煌めいている。
「っ…、おま……」
痛みを堪えながら上体を起こした親友は、呆れと驚きと少々の怒りを混ぜた表情をしていた。
(やっと、一つ見れた)
「お前…!」
「やっと見れたよ」
僕の言葉に訳が判らないとばかりに首を傾げる彼とは反対に、僕は嬉しかった。一つ達成出来たから。驚いた顔を見る事が。
「お前、何がしたいんだ?」
「判らない? 昔も君にこうしただろ」
「あ……」
思い出したのだろう。彼は苦笑した。でも、僕はその表情を見たいんじゃない。もっと純粋に笑った顔を見たいんだ。
「後ろからぶつかってきたやつだな。あの時はかなり痛かった」
「思い切りだったしね」
目が合って、暫くしてから。
「ははっ」
二人同時に笑い出した。昔と一緒だから、懐かしくて、おかしくて。久々に声を出して笑った。親友の口元が昔同じ弧を描いている。
(そう、その表情だ)
笑いが零れる中親友を見れば、あの頃と同じように笑っている。幾らか大人しめだけれど近い。
「やっと笑った」
笑いがやっと収まった親友は言った。
誰が? 僕が?
「お前、最近笑ってなかっただろ? それに笑い方が変わってた」
少し不安だったんだ、と彼は続けた。
「笑っても微かにだけで、本当に笑ってるようには思えなかった。だから、今お前が笑ってるのを見て安心した」
嗚呼、と僕は初めて気付いた。
彼と同じで僕も笑っていなかった。笑ってるつもりだったけれど、それは本当に『つもり』なだけだった。それを親友は感じていた。
「お前のお蔭だな」
「ただタックルしただけじゃないか」
「それだけ、だからだ。単純なお前らしいけど、一番効果的だっただけ」
「単純って……ひどいなぁ」
また笑った。
七年間思い切り笑えなかった分を今笑った気がする。錯覚なのかもしれないけれど、僕はそう思う。
変わったところは変わったけれど、変わらない部分もまだ多い。だから、またこんな風に笑い合えたらいいな、なんて僕は単純に思った。
もう叶う筈も、ないのに。
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