さよなら、鮮やかな日々


さよなら、シャングリラ



「待ってくれ、スザク!」
「ったく、どんくせぇ奴。ほらよ」
 上から伸ばされた手に自分の手を重ね、登り上がった。ここまでずっと走ってきて息が切れたが、この先にある鮮やかなヒマワリを期待して胸は高鳴る。あの大きなヒマワリを見たくて。またナナリーにおみやげにするんだ。
「今日も大きなヒマワリがあるといいな」
「絶対ある。俺が保証する」
 どこから来る自信なのだろう。不思議で笑いが零れた。そして、殴られて、喧嘩になる。いつもの事だった。こうして、笑って、喧嘩して、また笑って。これほどに幸せな事がない、そんな日常が続けばいいと思った。本国に居た頃には知らなかった『友達』という存在と、その『友達』と日常を過ごす些細な幸せ。それだけで十分だったんだ。
 しかし、聞こえる筈のない非日常な音が、この世界を支配した。
 見たくなかったものが空を飛んで来る。この世界を壊す為だけの機械が迫り来る。
(なんで…!)
 嗚呼、楽園が崩れる、砕かれる。そんな音がした。



 一年かけて辿り着いた優しい鮮やかな楽園はもう、ない。どこにもないのだと目の前に広がる惨状が漠然とそう示した。
(やっと……)
 やっと手に入れられたと思った。やっと心休まると思った。ナナリーとスザクとただ笑って、喧嘩して、何気ない日常を過ごせればそれでよかった。それが今の『しあわせ』だったんだ。なのに。
「父上……」
 あなたは、どこまで僕たちを追い詰めれば気が済むのですか?
 僕たちは、楽園を望んではいけないのですか?
 僕たちは、平和な場所に居てはいけないのですか?
 そして、初めての友達までも失わなくてはいけないのですか?
 どこまでも疑問ばかり。そして、憎悪だけが僕を支配する。
 スザクとは戦火の中で離れ離れになってしまった。生きているのかさえ解らないまま。
 離れてしまった手をまた掴む事が出来なかったのが、悔しい。ちゃんと掴んでいれば。もっと力強く握っていれば。今この隣にスザクが居たのかもしれない。何度悔やんでも、拭いきれない愚かさばかりが支配する。
「……スザク…」
 ただ一人の友の前で誓った言葉が蘇る。
「スザク、僕は……ブリタニアを、ぶっ壊す!」
 あの時と同じ言葉を、また誓った。





 偽りの名前。偽りの経歴。偽りの楽園。総て嘘ばっかり。俺は、嘘ばかり手にしてる。そうして生きてきた。
 でも、手に入れた。偽りの楽園ではなく、真の楽園を手に入れる為の力を。俺はそれを望んでいた。
 まずはこの偽りだらけの世界の破壊を。そして、新たな楽園の創造を。
 しかし、これからの創造を積み上げる時、傍にお前がいない。お前は、ゼロを殺す、という生きる目的を持って俺に挑んでくる。そうしてお前が生きる意味を見出したのなら、それでいい。だって。
「……俺たちは、『友達』だからな」
 さあ、剣を交えよう。
 初めての『友達』よ。そして、最悪の敵よ。



 さよなら、優しいシャングリラよ。
 さよなら、鮮やかな日々よ。
 本当の楽園を手に入れる為に。

Closed...



 あの優しい楽園は、今はない。想い出の中だけで鮮やかに蘇るだけ。だから、さよなら、優しい楽園。本当の楽園を創るよ。
 嗚呼、お前が傍にいればよかったのに。