遠いあの日の、ヒマワリ
夏も終わりに近付く頃。走って、走り回って。背中を追いかけて。そこへ辿り着いた。黄金の地に。
照りつける日差しの中、その花を初めて見た。まず思った事は、大きい。僕よりも高くて、黄色の花びらに手が届かない。遠い存在のような。
「これがヒマワリ?」
太陽を向いているこの花が。
「そうだよ。日本やアジアにしかないから、お前、見た事ないだろ?」
「ああ、木みたいだ」
「一応花なんだけど」
これが花だなんて信じられない。こんなにも大きいのに。こんなにもしっかりしているのに。不思議だ。茎に触れてみても、そのしっかりとした太さが解る。これなら簡単に折れる事もない。
「丈夫そうだ」
「当たり前だろ。こんな暑い中咲いてるんだぞ」
何故スザクがふんぞり返って誇らしげに言うのか。それが可笑しくて思わず笑ってしまった。なんだよ、と言いながらむすっとした表情になるのまで可笑しくてますます笑いが止まらない。本当に飽きない奴だ、と。
「いたっ!殴る事ないだろ!」
「いつまでも笑ってるからだ!お前が泣いてたから連れてきてやったのにさ」
笑いがぴたりと止まってしまった。止まるしかなかった。
今、スザクは何を言った?
僕が泣いてた?
バカな。スザクが知ってる訳ない。
僕の笑いを止めた張本人は、しまったと口を手で覆って明後日の方向を向いている。なんだ。なんなんだ。
「いや……その、だな」
歯切れの悪い言葉ばかりがスザクの口から出て、会話として成り立つ言葉が出てこない。言っていいのか、言わない方がいいのか、迷っているように。そんな事を繰り返して少し、やっとスザクの口から出た音が言葉になった。
「……ナナリーが言ってたんだ」
その名に、どきりと胸が跳ねた。
「お前が、一人で泣いてたって。その……俺も、見ちゃったし」
見せてはいけない僕を、見られた、知られた。ナナリーを守る為には邪魔な弱い自分を。
情けない自分を隠して。でも、どうしても涙が零れる時は独りで膝を抱えてこらえて。そう必死になって、誰にも弱い僕を知られないようにしていた。しかし、それは知られてしまった。ナナリーとスザクに。最も知られたくない、二人に。
「べ、別にどうしようって思った訳じゃねえけど。でも、兄貴がこんなでナナリーも心配だろうし」
だから、ここへ連れてきたのか。言葉で言えないから、行動で示して。あまりにもスザクらしい考えにまた笑いが零れた。
「な、なんだよ!」
「いや、ありがとう」
「!……ナナリーの為だ! ほ、ほら、あっちにもっといいヒマワリがあるぞ。ナナリーにおみやげにしよう!」
そう言って握られた手に引かれ、走り出す。背の高いヒマワリの間を抜けて、更に奥に。そこにはまた黄金色の花があった。さっきよりも立派な大きなヒマワリが。
「すごい」
「ここは俺しか知らないんだ。だけど、特別お前だけに教えてやる」
スザクが自慢げに言うから、ここは本当にスザクしか知らないのだろう。そんな場所を僕に教えてくれた。きっかけがどうであれ、その事実がとても嬉しい。
「……お前だって、泣いたっていいんだ」
繋いだままの手が強く、強く僕の手を握る。走って汗ばんでいるけれど、何故か心地良さを残して。
「あ、ありがとう」
鼻がツンとして、目頭が熱くなって。ひとしずく、零れた。視界が滲んでも、ヒマワリの鮮やかな黄色は変わらない。
喪われたその鮮やかな色彩。今は、想い出の中でだけ、その色を誇る。
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