しあわせの星屑よ、運命よ、貴方は残酷
「あ」
アイスのパッケージを開けたスザクの開口一番はただの母音だった。
「どうした?」
「見て、ルルーシュ」
目の前に出されたのは、丸いチョコレートでコーティングされたアイスが六個入っている筈の箱。しかし、丸いアイスは五個しかなかった。残り一つは。
「願いのピ ノだね。当たったの初めてだ」
すごいなぁ、と喜ぶスザクの視線の先にあるのは、願いのピ ノと称される星形のアイス。それが当たるのは、千分の一や一万分の一と低い確率なのかもしれない。はたまた、百分の一程度かもしれない。どれくらいの確率でそれが出るのかは解らないが、スザクは運が良かったと言えるだろう。
「はい」
目の前に例の星形のアイスが差し出される。ご丁寧に串に刺して。
「なんだ?」
「ルルーシュにあげる」
「お前が当てたものだろ。お前が食べればいい」
「当てただけでも運は良かったし。君にも幸せをおすそわけ。ほら」
「お前は……っ」
次の言葉を紡ごうと口を開けた瞬間、それを押し込まれた。少しばかり溶け出しているそれは、口の中でチョコレートとバニラの甘い味を広げる。溶けて、もう星の形をしていない。
「美味しい?」
(……馬鹿)
自分で食べればいい。己の手で掴み取った運なのだから。しかし、スザクは幸せを俺に渡した。これでは己で掴み取った意味がないではないか。今のスザクらしいと言えばそうなるのかもしれない。それでも、無理矢理口に押し込むその強引さは昔と変わらない。
まだひんやりと冷たさの残るそれを噛みながら、自分のアイスのパッケージを開けていない事に気が付いた。多分溶けてしまっているだろう。
「……あ」
中身を見て、今度は間抜けにも俺がただの母音を発してしまった。
「ルルーシュ?」
アイスを頬張りながらスザクが不思議そうな顔をしてこちらを見ている。俺に幸せのおすそわけをした、あいつが。そんな一種間抜けな表情にも見える顔を見ると、思わず笑いが零れそうになる。
俺にも幸せというのが舞い込んでいたらしい。この六個の内一個のアイスがそれを証明する。あまりこういうものには乗り気ではないが、たまにはいいかもしれない。
(お前にも……)
「スザク」
なに、と言おうとしたのかもしれない口へそれを放り込んだ。一瞬何が起きたのか解っていないスザクは、余計に間抜けな顔になっている。それがあまりにも笑いを誘うものだから俺は我慢が出来なくなり、笑いを零してしまった。
「ルルーシュ……これ」
「俺のにも入っていたんだ。幸せのお返しだ」
嗚呼、また笑いが零れる。
「……いつまで笑ってるんだ」
「お前のそういう顔は久々に見たと思ってな」
「ルルーシュ……」
ただただ他愛のない日常。困ったように笑うスザク、そんなスザクを見てまた零れる笑い。これが、本当の平穏なのか。
(いや、これからブリタニアを壊して手に入れるんだ)
その為に『ゼロ』という違う己を持っているのだから。もう止まらない。
「お互い当たったんだね、すごい偶然」
「たまにはいいんじゃないか、そういうのも」
こうして他愛のない、何気ない日常を実感出来たから。
「そうだね。……ルルーシュが、ナナリーが、幸せになりますように」
「……は?」
「願いのピ ノなんだろう? 願い事の一つくらいは、って思って」
そう屈託なく笑って、スザクは俺とナナリーの幸せを願う。
なんで、なんで。ナナリーは幸せになる事を許されるが、俺はもう幸せになる事なんか許されない。総てが知れれば、影でしか生きられない。そこに幸せなどないだろう。
(お前が願ったようには、ならない)
「君達は今こうして名前を変えて生きてるけど、いつかは幸せに」
(なれない、なってはいけない)
「ナナリーの眼も見えるようになって、立って歩けるようになって」
(ナナリーだけは)
「また三人でどこかに行ければいいな」
(叶う事のない……願いだな)
夢のような自分達を想像して、スザクは笑っていた。俺はそんなスザクを直視出来なかった。
「ルルーシュ」
一瞬視界に入った表情は、さっきと変わらない。
「好き……だよ」
どうして、そう幸せそうに言うんだ。いつか壊れる幸せなのかもしれないのに。
「……俺も、だ」
しかし、俺の答えは同じだった。いつか壊れると解っていながらも、少しでも幸せに触れていたいのかもしれない。
答えた自分でも、その『好き』の意味は曖昧。だから、目の前の唇を拒めなかった。
感じたのは、ただただあたたかなぬくもり。
嗚呼、運命よ。
貴方は残酷だ。
このしあわせが長く続かないと知っていながらも、与えるのだから。
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