秘密基地の想い出
桜吹雪。薄桃色をした花びらが風で舞う現象。俺の秘密基地の周りは桜の木が多いから、この季節になると桜吹雪が見られる。ほら、俺の前でまた花びらが舞う。
「これは凄いな。こんなに桜があるものか?」
「日本の誇りだからな、桜は」
外国にもあるとはいえ、日本から持って行ったものだから、桜は日本の誇りなんだ。
「落ち葉とはまた違った絨毯だな」
「……は?」
花びらが埋め尽くす地面を眺めながらルルーシュが言った言葉に思わず変な声をあげてしまった。だって、聞いた事ないことを言うものだから。
「秋になれば茶色や黄色の絨毯が出来るだろう。それと同じで、今は薄桃色の絨毯だ。落ち葉のも綺麗だが、これも中々……」
大声で笑った。腹が痛くなるほど笑った。
「お、おま…、そんなこと、ふつう…っ、言わねぇよ」
「う、うるさいな! 思った事を言っただけじゃないか」
真っ赤になったルルーシュがおかしくてまたたくさん笑った。そうしたら、今度はげんこつが飛んできて、鍛えてる俺でも結構痛かった。
「殴るなよ!」
「君がいつまでも笑ってるからだ!」
「弱いくせに!」
「うるさい。手が先に出る君に言われたくない!」
「お兄さま、スザクさん、やめてください!」
桜の下で起きた喧嘩は、ナナリーに止められた。変な事を言ったルルーシュが悪いんだ。笑って何が悪い。そんな喧嘩寸前の言い合いを見て哀しんでるかと思ったら、ナナリーは笑っていた。
「お二人とも、本当に仲がよろしいですね」
桜のようなほほえみで言われた言葉に、俺たちは唖然としたままナナリーを見た。
また目の前を花びらが舞った。
秘密基地の想い出 【春】
「うわ……」
夏の星座が広がる夜空に降る、星屑の雨。数え切れないほどの星が降り注ぐ。
「何十年に一度の流星群だから貴重だぞ」
一緒に夜空を見上げるスザクが自慢気にテレビのニュースから得た知識を口にする。どうやって流星群が起こるのか、なんで何十年に一度なのか。僕の知らない事が、スザクの声音によって僕の耳へ入ってくる。
「しっかり見とけよ。ナナリーに喋ってやるんだろ」
「これは難しいな。一言二言では表現しきれない」
「だったら、たくさん喋ればいいだろ。流れ星がたくさん流れて綺麗だ、とか」
「そうだね」
夜空から眼を離しスザクを見ると、スザクもこっちを向いていた。
「お前の知ってる言葉で言ってみろよ」
にかっとヒマワリのように眩しい笑顔がスザクの顔に広がる。スザクはそんな風にいつも笑うんだ。
「……羨ましいな」
「なんか言った?」
「……ナナリーに流星群の事を喋るなら、もっと見ておかないと駄目だなって」
「もちろんだ」
ぎゅっと握られた手は、今の季節にしては心地よかった。そして、手放したくないと思った。
秘密基地の想い出 【夏】
「おーい! お前らも来いよ」
バタバタと大きな音を立ててスザクがやってきた。ここ最近、スザクは毎日のように僕たちのところにやってきては遊んでいく。最初は最悪な印象しかなかったが、今はそうでもない。
「どこへ行くんだい?」
「秘密基地。いいもん食わしてやるぞ。この季節しか食べられないんだ」
「いいもの? 変なものじゃないだろうな?」
「当たり前だろ。俺はそんな事絶対しねぇ。ナナリー、車いすじゃ行けないからおぶってやるよ」
僕の横を通りスザクは軽々とナナリーを背負った。以前ナナリーを背負って少し遠くまで行った時、悔しい話だが、途中で力尽きた僕に変わりスザクが背負った。そんなスザクは疲れた様子もなく、その後も力いっぱい遊んでいた。本当に体力バカだ。そう言い切れる。
前を行くナナリーの背中を見て、少し寂しいような嬉しいような様々な感情が胸を過ぎった。
ナナリーの笑顔を取り戻したかった、笑って欲しかった。でも、美味しそうなものを買ってきても、好きなぬいぐるみをあげても笑わなかった。
どうすればいいんだろう、出来る限りの事はやり尽くした。
そんな時、ナナリーが行方不明になり、やっと見つけたと思ったらスザクと笑っていた。僕は出来なかったのに。しかし、その答えは簡単なものだった。
僕も笑っていなかったから。ただ、それだけだった。ここで僕はスザクに完敗した。
そして、僕達が辿ってきた途を知って泣いたスザク。変な奴と思ったが、いつも強い奴が涙もろいと知って、ちょっと心があたたかくなった気がして妙に嬉しかった。
そういう経緯があったから毎日来るスザクを招き入れ、遊んでいる。ナナリーが喜ぶなら、と。
「ほら、着いたぞ」
気付けばいつもの秘密基地の近くだった。いつもは閉まっているそこへの入り口が開いていて、その奥にナナリーを下ろした。三人で入るにはちょっときついけれど、風が冷え始めたこの季節には丁度いい。
スザクが言っていたいいものというのは、イチジクという果物だった。少し割れている下の方から茶色に近い赤の皮を開くと、赤い種のようなものがある不思議な果物。もちろんブリタニアにはこんな果物はない。果物というと、苺、オレンジ、アップル、さくらんぼ、キウイ、パイン、マンゴーくらいしか思い付かない。
「……これは本当に果物なのか?」
「もちろん。日本には結構あるぞ。この赤いつぶが花で、食べる部分」
「これが花なのか? てっきり種かと」
「俺もそう思ってたんだけど、藤堂さんがそれは花だって」
信じられない。このつぶつぶとしたのが花で、あまつさえ食べる部分とは。
僕が呆然とそれを見ている間に、スザクはそれを小さく千切りナナリーにあげていた。目が見えないナナリーの為にこの果物の説明をし、食べ方を教えていた。
「まあ、美味しいですね」
少しかじり、また一口。ナナリーは美味しそうにイチジクを食べていた。隣を見るとスザクは豪快にかじってその実を味わっている。美味しい、と笑い合っている二人に背中を押される形で僕も少し、ほんの少しかじった。
「あ……美味しい」
つぶが弾けて甘い蜜が口の中に広がる。味わった事のない食感にただただ感動した。またその甘さを味わいたくて一口食べ、また食べを繰り返した。
微かに笑い声が聞こえて顔を上げると、そこには僕を見て笑ってる二人がいた。
「だから言っただろ、いいもん食わせてやるって」
「こんな素晴らしいものを食べられて良かったです、お兄さま」
そんな二人を見て、初めてここに入った時をふと思い出した。
楽しそうに笑ってる二人。
あたたかそうな場所。
スザクに無理矢理引っ張られて入ったここは、とてもあたたかだった。
三人だけの秘密基地。
その時のあたたかさをまた肌に感じて、鼻の奥がツンとしみた事は、二人には内緒。
秘密基地の想い出 【秋】
とても寒い。俺の家の周りには山があるから当たり前なんだけど、今日はいつもより寒い。これはもしかして、と思ってもあったかい布団から中々抜け出せない。寒い、でも、確かめたい。
思い切って布団をまくり上げ、寒い室内を窓まで小走りし、軽く曇っている冷たい窓を開けた。
「あ……」
視界に広がっていたのは白い庭。雪だ、しかもまだ少し降っている。昨日の天気予報では降らないと言っていたのに。昨日の天気予報は外れだ、時々当てにならない。これじゃ秘密基地は白い雪で埋もれてる。
ふと外の温度に触れてある人物を思い出した。
(あいつら、寒くないかな。土倉は冷えるから)
「って……俺は、ナナリーはともかくあいつは……ルルーシュなんか心配じゃない!」
なんだか言っていて滑稽になってきた。
(別に心配なんか……心配……)
ナナリーは目が見えなくて身体が不自由だからとっても心配だ、風邪を引くと長引かせてしまうみたいだし。ルルーシュはなんだかんだいって丈夫だ、ちょっとした事では風邪なんか引かないだろう。でも、もしかしたら寒すぎて、ちょっとは風邪を引いちゃってるかもしれない。自分が心配なんだか心配じゃないか、判んなくなってきた。
「あーもうっ!」
これ以上考えるのが面倒になって、さっさと着替えて部屋を出た。朝ご飯はお手伝いさんに注意されちゃったけど早食いのように食べて、持って行きたいものを抱えて家を飛び出した。抱えた物は少し重かったけど、大した事はない。トレーニングと思えばいいだけの事。
石段の前に着いてもう一度荷物を抱え直して、一段抜かしで駆け上がる。これもトレーニングだ。
最後の二段を力強く登り切ったところに、黒い頭のあいつが何かしているのが見えた。大きなタライに、白い服、冷たそうな水。洗濯をしているようだ。
「ルルーシュ」
呼びかけると顔を上げ、あいつは水から手を出して軽く手を振った。真っ赤じゃないか、手が。
「やあ、今日は早いな」
「まあな。もう洗濯終わり?」
「ああ、丁度終わったところ」
真っ赤な手が濡れた服を絞り、干し竿にそれを干す。毎日こうしていたら、お手伝いさんのようにあかぎれになったりしちゃうだろうに。
(って俺は何を心配してるんだ…!)
ぶんぶんと頭を振って思考を元に戻す。こいつの心配なんてしてない。
(……実際は心配しちゃってるんだけど、俺自身がそれを認めたくないだけなのかもしれない)
「スザク、その抱えているものは?」
「あー……これ? ナナリーのところに行ってからのお楽しみだ」
不思議そうな顔をしているルルーシュの背中を押して二人の部屋、土倉に入った。
やっぱり思った通り、ここは寒かった。暖房器具は囲炉裏しかなくて、その傍しかあったかくない、そこにはナナリーがいる。あれを持ってきて正解。
「で、その壺みたいなのものとステンレスのものはなんだい?」
唯一灯が点っている囲炉裏の周りに三人で座ったところでルルーシュが問い掛けてきた。見えないナナリーもよく判らないみたいで首を傾げている。そろそろ言ってもいいだろう。
「壺じゃなくて火鉢。普通のよりは少し小さいんだけど充分あったかくなる。こうして……」
底に小石を敷き、その上に灰を十センチほど入れる。違う袋で持ってきた炭を紅くなるまで囲炉裏で数十分熱してから、灰の上に等間隔に置く。その隙間に火のついてない炭を乗せれば完成。お手伝いさんがやってるのを見て、なんとなく覚えていたのが役立った。
「ほら、この上に手をあててみろよ」
ルルーシュの真っ赤な手を引っ張り火鉢の上に持ってきた。引っ張って改めてルルーシュの手が冷たい事に気が付いた。早く持って来ておいた方が良かったかもしれない。
「……あったかい」
「だろ? 今は暖炉とかストーブとかが主流だからあんまり使わないけど、意外にあったかいんだぜ。ナナリーも」
「あっ……」
ルルーシュの隣にいるナナリーの手も引いてあげた。折れそうなほど細い腕だから、優しく。
「あったかいですわ」
ほっとナナリーが柔らかな笑みを浮かべた。触れて判ったけど、ルルーシュほどではないけどナナリーの手も冷たかった。
なんで父さんは二人をこんなところに。この地域に住んでいるのならここの冬がどれくらい寒いかぐらい知っている。今やっと小さな火鉢で手だけでもあたたかくなったけれど、これはあまりにも酷い。もう少し暖房器具を置いたっていい筈だ。
でも、父さんに何を言っても無理だろう。だから、俺が出来る事をするまでだ。
「スザク、ありがとう」
「スザクさん、ありがとうございます」
少し赤みが引いた手を擦りながらルルーシュとナナリーがお礼をしてくれた。
二人が笑って、あたたかそうにしているのを見るだけで、俺の心までもがあたたかくなってきた。それが少しむずがゆい。
「もう一つは何に使うんだい?」
「あ、こっちは湯たんぽ。寝る時に足先が冷えちゃうだろ、だからこれに熱湯を入れて、ヤケドしないようにタオルを巻いて布団に入れるんだ。寒くて寝られない時にいいぜ」
むずがゆさを感じながらルルーシュの問い掛けに答えて、お湯入れてみるかと蓋をあけてみた。囲炉裏にお湯の入ったやかんがあったからそれを拝借して、ゆっくりと零れないよう湯たんぽにお湯を入れる。近くにあったタオルであたたかいそれをくるんでナナリーの足元に置いた。
「まぁ、ぽかぽかしますね」
「この……湯たんぽも使っていいのか?」
「いいって。湯たんぽは何個かあるし、みんなあんまり使ってないし」
ナナリーがあたたかそうにしているのを見ると、持ってきて良かったと思った。
「今日はこれを入れてお昼寝しようか」
「はい」
それから何気ない話、テレビの事とか面白い日本の昔話とかしながらお昼まで過ごした。昼ご飯は一緒に食べると言ってあったから、お手伝いさんがこっそり用意してくれた三人分のお昼を食べた。
「ナナリー、あたたかいかい?」
「はい。すぐ、寝れ…そう……」
ナナリーは布団に入ってすぐに寝た。今日はいつもよりあたたかいからだろう。すやすやと気持ちよさそうだ。
「スザク、本当にありがとう」
「礼なんていらねーよ。俺が勝手にした事だし」
「それでもお礼くらいは言わせてくれ」
そう言ってルルーシュはまたお礼を言った。やっぱりむずがゆい。こいつに言われるとなおさら。それが照れくさくて、俺はルルーシュに銀色のそれを押し付けた。
「お前も使えよ。今日はまた冷えるだろうし」
それを押し付けられたルルーシュはぽかんとして俺を見ている。暫く俺と腕の中の湯たんぽを見比べて、またお礼を言った。
「ありがとう」
こういう時のこいつは綺麗……っていうのかな。ナナリーもだけど、二人が笑うと本当に綺麗なんだ。
「つ、使わせてやるんだからなっ」
「はいはい」
苦笑いをしても、綺麗。俺なんかとは違うな。暴れん坊の枢木と言われれば俺の事で、これが原因で友達が一人もいなかった。そんな俺とは全然違う二人。
でも、初めての友達がこいつで良かった。ブリタニアの奴だけど、いい奴なんだ、ルルーシュは。
「……なぁ、明日は晴れる筈だから、秘密基地に行こう」
ルルーシュは、綺麗な笑みを浮かべて頷いた。
ルルーシュに渡した湯たんぽが、俺のだったというのは誰にも内緒だ。