取り合った手は、既に緋色


逢魔が時は、血に染まって



「この資料はここでいい?」
「ああ。ファイルがあるだろ?」
 紙をめくる音、話し声以外に静かな生徒会室には、俺とスザクしかいない。部活動終了時刻を過ぎているのだから他のメンバーがいないのは当たり前だ。しかし、俺たちは最近顔を出していないから、と会長から資料の処理、整理を命じられた。所謂、居残りだ。
「あ、これも?」
「そうだ」
 スザクが机の上の資料を確認し、今手にしているファイルに差し込んで戸棚へ戻す。机の上に散らばる資料が必要か否かの判断は俺が、ファイル毎の整理はスザクが、と役割分担をしていた。こんな作業を続けて既に一時間も経っていた。しかし、まだ半分も残っている。
 もう一度時計を確認しスザクを見ると、まだ黙々と作業をしていた。文句を一言も言わず、与えられた仕事をこなす。その姿は正に軍人に近いものがある。他の者の手本となる程だろう。しかし。
(昔は、こんなではなかった)
 七年前のスザクはもっと自分主義だったから。他人の為、なんて言わない。今のこういう姿を見ていると、変わったんだな、と思い知らされた。
「ルルーシュ、手止まってる」
「休憩も必要だろ。お前は疲れないのか?」
「どっかの誰かさんとは違って鍛えてるんで」
「……悪かったな」
 腕を持ち上げて己の筋力を見せつける親友の横を通り抜け、夕日が差し込む窓の前に立った。この夕陽のせいで、鏡のような窓に映る室内の景色が真っ赤だ。真っ赤なその色は、嫌なものを連想させる。
(血……血のようだな)
 撃たれた母の身体から溢れ、命を奪ったその色。己の手が染まっているその色。洗っても、洗ってもこの手に残っているような錯覚さえ起こすその色。狂ってしまいそうなその色。総てが緋色。
(この緋色からは、逃れられない)
 己の手を染めるこの色は、総て自分の業が生み出したもの。決して逃れられない、逃げる事は赦されない。全身が血に浸かっているのだから。
「ルルーシュ?」
「いや、何でもない。お前も休憩か?」
「ルルーシュにあやかって」
 悪戯が成功した子供のように笑ってスザクは俺で窓に寄り掛かった。
(嗚呼、お前も緋色に染まる)
 血のように忌々しい夕陽に染まって、健康そうな肌も、綺麗な眼も、柔らかな栗色の毛も真っ赤。見たくない、そんな色に染まった姿を。
「真っ赤だね」
「そう、だな」
 血のようだ、と言われるのかと思わず構えた。しかし。
「赤と闇が混じる今って、逢魔が時って言うんだってさ。化生のものが蔓延る時間」
「何、非科学的な事を言ってるんだ」
「そう言われてるだけだよ」
 突拍子もない事を言うものだから、構えた肩の力が抜け、スザクと同様に窓へ寄り掛かる形となった。ほっとした後に耳に入るのは、逢魔が時という今の時間を説明するスザクの声。昔より格段に低くなったその声で綴られる言葉。どこか安心出来る声だった。
(お前の声を聞くだけで、安心出来るなんてな)
 その理由なんて、解らない。どうしてそうなるかも解らないのだから。
「聞いてる?」
「ああ。……お前はこの赤を見て他に連想する事はないのか?」
「ないよ。君は違った?」
「当たり前だ。そもそも俺は『逢魔が時』なんて言葉もそれが持つ意味も知らない」
「そうだった」
 はは、と苦笑を互いに零した。
「あともう少し。再開するぞ」
「あ、ルルーシュ」
 緋色へ背を向けて机に手を掛けた瞬間に引き留められた。既に手の中には整理すべき資料の紙の束があったから振り向く事はしなかったが。
「君は、何を連想したんだ?」
 やはり、と思った。
(そのままを言うか、否か)
「……聞きたいか?」
 問い掛けへの答えは、沈黙。それを肯定ととっていいのか、否定ととっていいのか。暫くしても沈黙しか返ってこない。
「血、だよ」
 仕方なしにそう答えた瞬間のスザクの表情を俺は、知らない。
「へぇ……そういう見方もあったね」
「そうだ。ほら、そんな事言ってないでさっさと再開」
「うん」
 隣に立ったスザクへ整理済みの資料の束を渡した。受け取ったスザクはそれをファイルに差し込み棚へ戻す。休憩前と何ら変わらない。
「……僕の手は……」
「何か言ったか?」
「ううん、何も。早く終わらせよう。逢魔が時が闇に呑まれる前に」
 振り向いた先にあったスザクの顔は、いつもと変わりなかった。

 俺はまだスザクの持つ罪の重さを知らなかった。その手が、血に染まっていた事を。





『僕の手は、血で真っ赤だよ』






Closed...



 『血』に染まり、『血』に沈む。スザクはそんなものとはほど遠いと思っていた。しかし、現実は違う。
 今では、俺もお前も『血』に染まる手を持っている。