その傷、総て消せたらいいのに


憎い傷に置き換わる、痕



 ふと目に入った逞しい背中。そこにはたくさんの傷跡が。小さな擦り傷から、痕が残りそうな程大きいものまで。
(全部、ブリタニアが…)
 軍に入ったせいで出来た傷ばかりだ。昔はこんな傷は無かった。武術を習っていた時に出来た傷だとしても、今は消えている筈だ。だから、その傷総てが軍に居る事で出来たと解ると、余計に悔しくて哀しい。
(無くなってしまえ)
 無くす為には、消毒が必要。そんな衝動が身体を動かした。背後から近付き、肩にある大きな傷へ唇を寄せた。
「ル、ルルーシュっ…」
「動くな」
 総て俺が消毒するから。
「消毒だ」
 そのまま舐め上げた、下から上へ。その傷の横にあった小さな傷も。またその横のも。古い傷だから、沁みないだろう。
(こんな傷で無ければいいのに)
 残っているのが、こんな憎いもので無ければ。また衝動だった。傷があまりない首筋へ噛み付いた。俺の痕を残すかの如く。
「っ、ルルーシュ!」
 スザクの肩に触れていた手を握られ、俺の身体はいつの間にかロッカーにぶつかっていた。背にロッカーの冷たさがじわじわと伝わる。
「……誘ってる?」
「なんでそうなる」
「そうとしか思えない、こんな事して」
 首筋を押さえていた手が退く。そこには。
「悪いか?」
 俺が残した、痕が。くっきりと、肩の傷よりも強く。
「……君は何も解っていないね」
「何が…、っ」
 更にロッカーへ押さえ付けられ、迫るその顔を避ける事さえままならない状態で、唇が触れた。貪るような、激しさを持って。
「っ、…んっ、スザ…」
 呼気を吸い込んだ途端、また塞がれる。呼吸の暇も与えない程に。その唇が離れた頃には、脳に酸素が行き届かず、思考が微かに薄れていた。
「僕にあんな事したら、こうなるんだよ」
 そう宣言したスザクは、獰猛な獣のようだった。餌を目の前にちらつかされ、理性を投げ捨てる寸前の獣のよう。
(なら、)
 もっと、獣になれ。
「しろ。お前はこの先を望むのだろう?」
 真っ直ぐ翠の眼を覗き込んで、更に獣を呼び醒ます。その翠が今この瞬間、俺だけを見ればいい、と。
「…嫌だ、って言っても止めないからね」
 細められた翠に、もう止める意志はなかった。

 首筋に残した痕が、逞しい背に残した幾つもの爪痕が、ずっと残ればいいのに。だから、強くその皮膚に突き刺した。

Closed...



 ずっと、ずっとこの痕が残っていればいいのに。そうしたら、憎い傷なんかもうつかない。
 また傷がついたら、消毒だ。