『明日』より『また』の痕を残して
「あ、」
玄関を出て、ぽつりぽつりと地面を叩き始めた雨に母音しか口から出なかった。隣にいるルルーシュも同じで、視界を満たす雨を見上げていた。
「傘持ってくるか?」
「あー……うん」
この雨の中帰ったら、ずぶ濡れになるのは確実。ルルーシュの提案通り傘を借りて帰ろうか。
(でも、明日から……)
「ルルーシュ」
室内に戻ろうとしたルルーシュの腕を取り、引き留めた。そのまま彼の身体を壁に押しつけ、言葉を紡ぐ前にその唇を奪った。硬く引き結ばれた唇を解し、一度離してからまた奪う。今度は舌を差し入れて。逃げまどうそれを追い、絡ませた。いやらしい音。小さな喘ぎ声。激しく雨音。全てが今この世界には二人だけしかいない、と錯覚させる。
腰の抜けたルルーシュを支え、幾分低くなったその唇を更に深く奪った。離れろ、と髪を軽く引く手も気にならない程、夢中になっていた。
「はっ…スザ、…っ」
唇を離した頃には、髪を引いていた手が縋るように僕の制服を掴み、綺麗なアメジストのような紫は濡れていた。名前を紡ぐ声も。
「おま、え…、」
「ごめん。でも、」
我慢出来ない。待てない。また逢えなくなるから。だから、
(抱かせて)
「……最初から、そう言え…馬鹿」
頭を強く引かれて触れた唇に、更に夢中になった。
何も纏わず白い肌を晒して、愉悦に震える姿は綺麗。ありきたりな表現だけれども、そうとしか言えない。そんなルルーシュを組み敷いて、僕は満たされていた。逢えなかった間を埋められて。
「ぁ、…っん、」
突き上げて、のけ反る首筋に歯を立てて、きつく吸って。そうしたら、白い肌の上には赤が散る。
嗚呼、綺麗。
だから、何度もその赤をその白に残した。首筋から鎖骨まで。
「ぁっ、あ…ンっ……つけ、すぎっ、あッ」
チリチリとこれも刺激になるのだろうか。もう一度赤を残すと、細い身体が揺れた。もっと見たいよ。でも。
「ルルーシュも、付けてみる?」
僕が君のものだ、という証を。
答えが返ってくる前に組み敷いた身体を起こし、向かい合うように座った。奥まで抉ってしまったせいか、ルルーシュの身体が大きくのけ反った。その姿さえ、綺麗で。その反った背を引き寄せ、腕で包んだ。触れたところから溶け合ってしまうのではないか、というくらい熱い。
(これは、僕が与えた熱)
(なら、今度はルルーシュが僕に頂戴?)
身体を少し離して、俯く顔を覗き込んだ。目元がほんのり赤い。
「……一回、だけだから、な」
恥ずかしいからか、紫と目線が合う事なく目蓋の奥へ消え、その顔が僕の首筋に近付いた。そっと触れた唇が、熱い。しかし、上手くできないせいで何度かそれを繰り返すから、僕の中に熱が溜まっていく。もうおかしくなってしまいそう。
「まだ?」
「待って、ろ……っ」
きっとその顔は真っ赤だろう。それでも意地を張る彼だから、やらない事はない。その証拠に、また濡れた唇が何度も触れる。
(煽ってる、のかな)
欲を乞うみたいに。焦らすように。
「ルルーシュ」
早く、と名を呼んで。すぐやるように、せがんだ。名前を呼ばれるのに弱いんだ、ルルーシュは。特にこういう時に。だから、中々進まない時は名前を呼ぶ。
「……スザ、ク…っ」
それを証明するように、唇が強く触れた。一瞬後にチリッと小さくささやかな痛みが痛覚を刺激した。ルルーシュが震えるのも解る。だって、気持ちいいから。繋がる時とはまた違う愉悦。もう衝動が収まらない。
「ルルーシュっ…っ」
また組み敷いて。衝動のまま、その細い身体を突き上げた。シーツを掴もうと藻掻く手を捕らえ、自分のを重ねる。そのままシーツに押し付けて。
(繋がってる、手も)
普段は触れ合う事のない手。今だけは熱を共にして、繋がる。
「あ、あぁッ…、も…スザ、クッ」
「僕、も…っ」
繋いだ手はそのままに。二人で、二人だけで。
「ルル、シュ…っ」
「んッ、ぁっ…あぁッ!」
二人で、満ち足りた。そして、もう雨の音も聞こえなかった。
日の出と共に目が覚めた。窓から差し込んできた陽が起こしたんだ。これで、一日が始まる。代わり映えのしない日々が。ただ、今日は軍に行かなくてはならないだけ。そっとシーツから抜け出して、散らかした服を着て。そして、行く。
「ルルーシュ、」
その先が言えなかった。
明日また逢える? もしかしたら逢えないかもしれない。そうしたら、明後日? それも解らない。
「……逢えるかな?」
(明日も、明後日も。この印が残ってるまで)
「逢いたいなら、逢いに来ればいい」
「ルルー…シュ…?」
寝ているかと思った彼は、起きていた。気怠そうにゆっくり上体を起こして、僕と向かい合う。
「明日も、明後日も関係ない。逢いたい時に逢えばいいだけだ」
真っ直ぐに紫が見ている。吸い込まれてしまいそう。
「軍務が忙しいかもよ?」
「終わってからでいいだろ」
乾いた唇に触れるだけのキスを落として。
「仕事中に逢いたくなるかも」
「電話でもメールでも手段はある」
おかしい奴、とルルーシュが少し笑った。
「じゃあ、行くね」
「ああ。またな」
「うん、また」
『明日に』とは言わない。ただ、『また』とだけ。いつ逢えるか解らないから。
胸を刺す小さな痛みに気付かないふりをして。僕たちは、いつもそうだった。赤の痕だけを残して。
「……扇、今夜予定通りに」
スザクが出て行って暫く後、鳴った携帯に応え、今夜の指示を出した。これは“ゼロ”として。一通りの話を終えて通話を切ると、眩しい朝日が眼に入った。
「また、か」
明朝交わした言葉が過ぎる。
『明日に』という確定を込められた約束をして、破られ破りたくないから、いつの間にか互いに『また』になっていた。不安になりたくなくて。そして、この身体に刻まれている、名残の赤を。俺はそれに縋る。
(いつからこんなに弱くなった?)
自嘲が零れた。弱い自分へ向けて。
「……ああ、でもまた今夜逢えるか?」
“ルルーシュ”としてではなく、“ゼロ”として。
その間に甘いものなんてない。寧ろ、冷たい。底冷えをするような憎しみが。そして、胸を刺す切なさも。
「なんで……お前はあそこにいるんだっ」
それに応えなんか、なかった。
Closed...