優しい嘘が、刃に変わった刻
「おはよう、ルルーシュ」
「お、はよう……」
ぎこちなくなってしまった。まずいと思った瞬間、スザクが怪訝な表情になる。仮面を被っておくべきだった。そう後悔しても、遅い。
「どうかした? 体調でも悪い?」
また夜更かしでもしたんでしょ、と苦笑と共に俺に届いた。それもある。しかし、それ以上に。
(お前がいつも通りだから)
俺は、戸惑う。昨日知った事実、現状があまりにも大きすぎて。
スザクが白兜に乗っていた。俺の敵だった、憎いあいつだったんだ。スザク、お前は確かに言った。技術部だから大丈夫だ、って。危険はない、って。それは、スザクの言葉は、全部嘘。全部嘘だったんだ。スザクなりの、優しい嘘。
(なんで、お前はあれに乗っているんだ)
(お前はあんなところにいてはいけない)
(ナナリーと一緒に安全な場所にいれば)
その優しい嘘が刃となり、今俺に突き刺さっている。
「……馬鹿…」
「え? なに?」
「なんでもない……」
スザクを振り切って、走った。後ろから呼ぶ声が聞こえるが、振り返えらない。振り返られない。全てを吐き出してしまいそうで。全ての事を、言葉に乗せて言ってしまいそうで。だから、走ったのに、力の限り走ったのに。
「ルルーシュ!」
聞き慣れた声に名を叫ばれたと同時に、腕を強く引かれた。引かれるまま視線をそのままにすれば、視界にスザクが入ってくる。今は、見たくないのに。
「どうしたんだ、いきなり走り出して」
「別に……どうもしない」
「そんな顔でどうもしない訳ないだろ。僕で良かったら、聞くよ?」
(嘘をついていたのはお前なのに)
よく言う。
言える訳ないだろう。お前は嘘をついていた、大きな嘘を。そんな事を聞いて、お前は全て答えられるか?
(でも、大きな嘘を持っているのは、俺も同じだ)
答えられないのは、俺も。“ゼロ”という仮面を隠している事を。お前だけには言いたくないから。
(互いが、互いにか)
互いに秘密を抱え、嘘を口から零している。俺も嘘つきだ。ふっと嘲笑が零れた。
「ルルーシュ?」
「大丈夫だ、教室に……って、もう始まったな」
「あ……」
鐘が鳴る。時間を区切る鐘が。
「今から行っても、遅刻だね。どうする?」
「そりゃ……一つだけだろ」
「そうだね」
誰も居なくなったここは、普段だったら静かで落ち着くだろう。しかし、今は落ち着かない。寧ろ、この状態を打破したい。思わず、スザクを問い詰めてしまいそうだから。
「お前……」
「ん?」
「……何でもない」
「なに? 気になるよ」
「何でもないって」
「ルルーシュ」
少し拗ねたスザクに、苦笑が漏れた。いつも通りではないか、こうしていれば。何を気に悩む事がある。
(そうだ、いつも通りにしていれば、何も変わらない)
そう、いつも通りになるのだから。
「スザク、今日は大丈夫か?」
「うん、呼び出しは今のところないよ」
「じゃあ、来いよ。昨日言った大事な話もあるから」
俺の提案に、スザクは了承をしつつ昨日と同じ台詞を言う。君の大事な話ってなんだろ、怖いな、と。
(本当に大事なんだ、ナナリーにとって、お前にとって。そして、ナナリーの傍に居られなくなる俺にとって)
「絶対だぞ」
頷いたスザクとの約束が壊されたのは、午後だった。そして、俺はまた、思い知る。
(スザクがユフィの騎士?)
(お前はナナリーの騎士になる筈だったのに)
俺は、また失わなくてはならないのですか?
優しい嘘の刃は、まだ突き刺さったまま。
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