Ceylon
「ほら、鋼の。君のお気に入りだ」
そう言いながら、ソファで落ち着く子供の前にアップルティーを置いた。甘すぎない林檎の香りの中に、すっきりとしたセイロンの香りも混じる。ロイはそれが嫌いでは無かったが、どちらかというと渋い後味が残るダージリンの方が好みだった。その余韻が好きだ。
言葉では示さないが、表情が幾らか柔らかになったことから嬉しいというのが解った。
「どうかな?」
「いつも通り。あんたは飲まねえの?」
「ダージリンは今切らしているから珈琲だ」
右手に持ったカップを軽く持ち上げる仕草をすれば、そこから漂う珈琲の香り。エドワードはアップルティーを口に含みながらそれを見上げた。
「飲むかね?」
「いらね。あんた、ブラックだし」
「大人の味だよ」
『大人』という単語を出すだけで、子供は過敏に反応する。些細な反応であってもロイには解った。長年の付き合いを持つ間柄だ。だから、子供がこれから起こすであろう行動も手に取るように予想出来た。
「……寄こせ」
ロイの予想通り、意地になった子供はロイの右手にあったカップを奪いそれを口にする。苦みに顔を歪めるが、背丈の割にプライドの高い彼は止めない。カップの半分以上を占めていた黒色の液体は彼の口内へ全て飲まれてしまった。
「……にが……」
聞こえるか聞こえないかの声で、エドワードはカップを置きながら率直な感想を述べた。そんな反応に笑いを漏らし、ロイは珈琲が入っていた自分のカップではなくアップルティーがまだ残っているカップを手にした。
「口直しは如何かな?」
見上げてきた子供の顎を捕らえ、少量アップルティーを口に含み、そのまま苦みの残る薄い唇へ。そして、甘い甘いアップルティーをその口へ。
「んっ…!」
見開いた琥珀に手を重ね視界をも塞ぐ。
苦みが甘みは変わったその舌をたしなむ。逃げ惑うそれを捕まえ、絡ませ、軽く食む。最後にその舌を吸い上げて、軽く口付けを落とすと、ごくり、とアップルティーが喉を通ったのが解った。
瞼が上がった琥珀は微かに潤み、数度瞬きを繰り返したら逸らされてしまった。
「お気に召して頂けませんでしたか?」
「……この間と同じことしやがって」
この間、とは以前ロイが飲んでいたダージリンをエドワードに口移しで飲ませたこと。その時は仕返しとばかりにエドワードがロイに馬乗りになり仕返しをしたが。
「さあ、何のことか」
本当は知っている。真っ赤になっている子供されたことだから。しかし、ムキになって反応してくる姿が見たくて、愛しくて。だから、ちょっとしたことでもからかってしまう。
「なら、君はしてくれないのかな?」
ほら、また。
「誰がやるか!」
ロイの手からカップを奪い、そっぽを向いてしまった。怒らせてしまうと解っていても、からかいたくなる。
「残念だ」
少し、少しだけは期待していたから。
しかし、耳を赤くしながら満更でもなさそうに飲む姿を見られただけでも良しとしようか。
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