だから悪戯しちゃう
悪戯の代価
まぬけ。
そう思うしかなかった。
頬杖を付き、いつもは錬成陣を描いた手袋を嵌めている右手にペンを持っている姿は一見仕事をしているようだが、俯いた顔を覗き込めばそれは思い違いと誰でも気付くだろう。唇を微かに開き、寝息を繰り返すこの姿を見てしまっては。
エドワードは眠りこける男を目の前にして呆れた顔をし、溜め息を漏らした。
「国軍大佐とあろうあんたがこんなまぬけ面しててどうすんだか」
少々大きく声を上げて言っても起きない。それに苛立ちを感じたエドワードは報告書の束をサインの書かれていない書類の上へ放り投げた。バサッと大きな音と風が立つ。
これは相当熟睡している。そう断定出来た。
大佐ともなれば、隙を突いて襲ってくる者がいるかもしれない。特にロイは若くして大佐になった身だ、敵も多いと聞く。これは油断し過ぎではないだろうか。
今目の前にいる自分が刺客だったらどうするつもりなのだろう、この大佐様は。
また顔を覗き込んでつんと頬を突いてみた。眉を少し顰めただけでそれ以上の反応は無かった。
この男の反応が面白いのがいけない。
そう理由を付けて、エドワードの手はどんどん過剰になりその頬を少し抓る。今度はそれを振り払う様にロイはゆっくりと緩慢な動作で頭を振った。それが更に笑いを誘う。
次は、と新たな悪戯を考え巡らし再度頬を突いていると黒い睫が形作る瞼が震えた。
「やべっ」
咄嗟に手を離すが、突然だったせいで身を遠くまで離す事は出来なかった。だが、またロイの反応は眉を顰めるだけ。かなり根に持つタイプである男からの報復を一瞬想像したエドワードはほっと胸を撫で下ろした。
そろそろとまた顔を近付け顔を覗き込む先にあるのは、相変わらずな間抜け面。間近でその顔を楽しむ事は滅多に無いだろう。そのせいか、エドワードの表情は新しい玩具を与えられそれに興味津々な子供のそれようだ。実際に子供に近い年齢だが。
だが、次の瞬間男の口から漏れた声を聞いたエドワードの反応は子供とは言えないだろう。
「ん……」
微かに身じろぎ、ロイの薄い唇から低く睦言を紡ぐかのような甘い声が漏れた。夜の秘め事に耽っているかのようなあの声。
自分でも驚くくらい、鼓動が速くなる。その声を聴覚がしっかり捉え、脳が心臓へ速度を上げるよう命令しているのかもしれない。同時に、その伝令は官能まで刺激する。
余計な命令だ。
エドワードは心臓の位置に当たる己の衣服を強く掴んだ。だが、そうしても収まらない。
鼓動が刻まれる度、触れたい、とまで思う。その頬に唇に。そんな衝動は初めてだ。身体までもずくりと重くなりその先を望むかのよう。
「っ、ん……」
動揺するエドワードの心情など知らぬロイの甘い声は悪戯に漏れ、それは更なる欲望へ火を点けた。
「……あんたがわりぃんだからな」
目の前のこの男のせいにして。欲情したのは自分のせいではないと言い訳して。その憎らしい唇へ己のを押し当てた。
最初は軽く。ちゅっと可愛らしい音を立てるくらいに触れるだけ。次に、何度も角度を変えて押し当てる。何も知らなかった頃にロイに教わった通りに。最後に、舌を隙間から差し入れ奥に潜むぬるりとするそれを捉える。いつもは己の中を蹂躙するそれを、今捕まえている。
なすり付けて、絡ませて、吸い上げて、下唇を噛んで。己の鼻を抜ける甘い吐息に更に煽られながら。
これだけでは足りない、と溶けた思考では先を望む。
だから、力の限りを奮って重い身体を椅子に押し付け膝でロイの脚に跨った。そしてまた貪る、という普段の自分だったら決して起こさないだろう行動に自分が一番驚いた。
「た、いさ……」
こんなにも欲情している、この男に。自分の唾液で濡れた唇を見てまた。
顔を包み込んで、それを眺めた。舌を差し入れた薄い唇からはどちらのものか解らぬくらいになってしまった蜜が漏れ、口端を伝っている。
「やば……」
その伝う蜜を辿り、顎から唇まで、一舐め。潤み始めた視界でそれを見ながら舐め上げれば、更なる欲が溜まる。もう一度舌を絡ませたところで、それは思いも寄らぬものに引かれた。
「んっ!」
びりっと脊髄を何かが駆け上がり、脳と下肢へと新たな刺激を伝えた。目尻から熱い雫が頬を伝ったのを感じて、震える瞼を上げれば濡れた黒曜石と目がかち合う。
「随分と積極的だな、鋼の」
口端を上げ、濡れた黒を湛えたまま髪を掻き揚げるその姿は、最早欲情している獣のよう。夜にしかこの男が見せない姿。ロイがふっと笑うのを聞いた瞬間、顎を大きな手に持ち上げられ、鼻先が触れそうになるくらい近付く。
「君にしては大した悪戯だったな。どうしたんだい?」
欲情しました、なんて言えない。エドワードは口を噤み、黒曜石を睨み上げる。意地が働きそれしか出来なかった。
エドワードのそれをどう解釈したのか、ロイはあと数センチという距離まで迫っていた小さな唇を塞ぎ、エドワードが先程した事と同様の動作を繰り返した。
自分がするより、激しい。あまりの激しさに酸素を補充したくて隙間を空けるも、それさえも奪うように男の唇は離れない。その舌に、唇に吸われる度舌が痺れ、身体が熱く重くなる。それ程にこの男の口吻けは官能を煽るのだ。
「眠る私に煽るような真似をした悪戯の代価だよ、鋼の」
男の手が逃さないと悪戯に身体に触れた。
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