では、これは何?
胸を締め付ける、この痛みは。
契りを、聖なる十字架と背徳の薔薇
数ヶ月前神学校を出たばかりの少年、エドワード・エルリックは、毎日欠かさず神が宿る十字架に祈りを捧げていた。黒衣を纏い、誰も居ない厳かな空気の中ただ神に祈りを。瞼を上げれば、そこには輝く琥珀が存在する。ステンドグラスから注ぐ光がそれを更に引き立てる。
「よし」
自分に様々なことを教えて下さった神父が病気がちで休養に入っている代わりに精一杯こなさなければと心意気を新たに、静かに立ち上がり十字架に背を向け礼拝堂を見渡した。
まただ、とエドワードは音にならない言葉を紡いだ。
あるところで止まった琥珀には、木の長椅子に座りこちらをずっと見ている男が映る。黒い髪に黒い瞳。その男が纏っているものほとんど黒。日曜に必ず行われるミサに来る、黒を纏う不思議な男だった。
「ミサまであと一時間半もありますが」
「神を眺めていてはいけないかね? 誰もいない今でも」
そう返されてしまっては何も言えない。エドワードは男を一瞥すると、祭壇上に置いた聖書へと眼を落とした。
また、静かな空気が流れる。互いに何も話さず見ることも無く、ただしたい事をしているだけ。
時折顔を上げれば、男と一瞬眼が合う。その度に慌てて下を見るがまた見てしまう。彼は神を見ている筈なのに、自分が見られている様な感覚。それが拭いきれず、また顔を上げれば、男の黒曜石と眼が合った。
今度は外せない。何故。
黒曜石はこちらを見ている。外さず、動かず。
「神父様」
見たまま、男はエドワードを呼んだ。
「何、か……?」
目を外すことが出来ず、妙な緊張感を覚えて喉が渇いていたせいか、言葉が上手く紡げない。
「ミサの後、私に洗礼を与えてくれないか?」
男の言葉に琥珀が見開かれた。
この男は洗礼を受けていなかった。週末にあるミサに毎週来るのに。
「あんた……教徒じゃなかったのか?」
敬語を使うことさえ忘れて、男を見つめた。整った白い顔は苦笑を浮かべている。
「神を信じてはいるがまだ洗礼を受けていないんだ」
駄目かね、と最後に言われてしまえば頷く以外の答えが無かった。エドワードの了承を聞いて嬉しそうに細められた黒曜石から、ますます目が離せなくなってしまった。
刻一刻と、洗礼の時が迫り来る。ここには時を刻む時計の音は聴こえないのに、聴こえているような錯覚さえ起こしながら。
静寂の中で教徒に神の教えを説き、加護を与える。これは常と変わらぬ日曜のミサ。このミサが終われば、聖堂を清めて一日の終わり。それが今日は違う。
あの男に洗礼を与える。
それだけなのに何故か心が落ち着かない。決して洗礼の儀式を初めて行うからではない。ただの洗礼なら何でもない筈だから。
だったら、何故?
その答えさえも出てこない。
「神のご加護が在らんことを」
神父のミサの最後で言う台詞も、堂々巡りを繰り返す考えに邪魔をされて、常とは違う雰囲気を纏っていた。
人々がミサを終え出て行く中、あの男だけが椅子に座ったまま黒曜石を真っ直ぐに向けてくる。最後の一人が胸の前で十字を切り出て行った後は、この聖堂はエドワードと男だけになった。
「洗礼を」
そう一言呟いた男の声が、夕陽の紅が満たす聖堂に響いた。
静かに男を呼び、エドワードは聖水と聖典を用意した。祭壇上の燭台に火を灯し、そのゆらゆらと揺れる微かな火を挟んで男と向き合う。
「聖典は覚えていますか?」
エドワードの神父見習いとしての厳かな声に、男は勿論と答えた。エドワードはそっと瞼を伏せ、小さく口を開いた。
静かな聖堂に響くは、聖句を唱える高く透明な声と、それに続き唱和する低く遠くまで響く様な声。その二つは、淡々としながらも、協和を奏でる。
聖句を詠み終えた神父の瞼が上がり、男を見据えた。
「次は、潅水の儀式です」
燻る燭台の光を反射する聖水の器を手にし、エドワードは祭壇脇に立った。そっと聖水の中に小さな手を浸し、暫くすれば充分に濡れたそれが出てくる。そして、その手を静かに男の額に近付けた。
「これが終われば……っ!」
その清らかな手がもう少しで額に付く、という肝心なところでその腕が戒められた。
聖水が散らばる音、カランと金属が床を転がる音とが静かな聖堂に大きく響く。己の落とした器の転がる音を遠くに聞いた様な感覚を覚えながら、エドワードは目の前の男を見つめた。
己の腕を戒めるのは、この男の手。聖水に濡れた手が動くことも出来ず、ぽたぽた聖水の雫を床に垂らしている。
「何…、して……」
教徒とは思えぬ行動に、エドワードの琥珀が見開かれたままだった。
「私は聖水に触れられないのでね」
ぎり、とエドワードの腕を掴む手に力が入る。いつの間にか器を抱えていた腕も戒められ、袖を捲られ鋭い爪が一筋の傷を創った。じわりと滲む痛みの後、そこからは当然血が零れる。
「私が触れられるのは、この血」
両手を戒められたエドワードに抗う術は無く、男の唇がその血へ触れた。傷の筋を辿って舌が這い、赫に濡れた舌は重力に従って垂れた血の筋さえも追う。ざらざらとする舌は妙な感覚を与え、エドワードの背筋を何かが這い上がった。
振り払おうにも男の力が強すぎて、離せない。残るのは脚のみ。
蹴り上げようと脚に力を込めた瞬間、脚を払われ、傍の長椅子に倒された。俯いて倒れたせいで頬を強かに打ち、じんじんと痛みが広がる。その痛みと共に得体の知れない恐怖も。
「お、まえ……」
上からのし掛かられ、手も脚も戒められ。もう抵抗する術も、逃げる術も無くなった。
「君の想像通り、だよ」
一つに纏めた金糸を解かれ、首元を覆っていた布を引き剥がされ、白いそこへ冷たい唇が触れた。
「まだ……足りない」
「っ! …やめろっ……」
口から紡がれる言葉なんか直接的に与えられる力には敵わない。それを証明するが如く、無情にも牙が白い肌に突き刺さった。
「っ、う……」
皮膚を突き破った瞬間痛みが走る。だが、それは一瞬で。
血が啜られると共に、力さえも奪われている様な感覚。何とか逃れようと諦めの悪い腕さえも力が抜けたのがその証拠だ。そして、思考が霞んでくる恍惚感。
すぐ後ろから、血を啜る音が、なめずる音が聴覚を侵す。時折這う舌がぞくりと肌を震わせ、微かに視界が霞む。
「っ……も、」
指先が痺れた。完全に力が入らない。
もう、吸うな。
切に願っても、冷たい唇と鋭い牙が離れる事はなかった。
暫くして満足した男は咬んだそこをもう一度舐めると、離れた。戒めが無くなっても、動けない。
「美味しい」
恍惚とした声音が聞こえ、力の入らない首を動かし後ろを見れば、口端から滴る血を指先で拭う男が。それがあまりにも妖艶で淫靡で。目が離せなかった。
「また味わいたいな」
傷の残る首筋を、冷たい指先がなぞる。ぞくりとまた背筋を這う感覚に震えながらも、エドワードは男を見上げた。
「っ……洗礼を、受けたいって……」
そう、このエドワードの血を口にした男は言った。洗礼を与えて欲しい、と。
それがこんな状況になってしまった。洗礼の最後の儀式、潅水の儀式が阻まれ、気が付いたら血を吸われて。
「それは私にとって口実に過ぎない」
私は聖水に触れられないから、と男は前と同じ台詞を吐いた。同時に、口吻けをエドワードの首筋に落とした。
「ずっと、ずっと君を見ていた」
初めて見てから。満月の夜、一人十字架に祈りを捧げる姿を見てから。
瞼が上がったそこにある琥珀を見た瞬間、囚われた。
十字架も効かない自分には、聖堂に入る事など簡単だった。ただ、独特の神聖な空気は力を奪い去るようだったが。
それでも、逢いたいが為、教徒と同様にミサに参加した。例え危険だとしても。そして、見ていた。
信ずる者に救済を与える神ではなく、ひとりの神父になろうと奮闘する若者を。
神なぞ信じない。既に神には見放されているこの身。だから金色の神父だけを見ていた。
君だけ、君だけでいい。もう自分の生命を左右すると言っても過言ではない赫も他の者からは、得ることが出来ない。あの血だけを求めるから。
咬みつきたい、あの白い首筋に。
味わいたい、あの身体中を巡る赫を。
様々な欲求が、頭を支配する。神聖な空気を纏ったこの空間はそれらを抑えるが、立ち去ってしまえば、またあの神父を求める。
そして、とうとうその欲求の箍が外れた。
その結果が、これだ。洗礼を与えて欲しいなどと嘘を吐き、黒い服に覆われた首筋に咬みついた。
その血はいと甘き事かな。まるで甘みをふんだんに盛った美酒のよう。
「触れたかったんだ、こうして」
小さな手にそっと己の手を重ねた。
「君と一緒にいれたら、と思うよ」
吸血鬼でなければ。人間だったら。傍にいれたかもしれない。先に逝かれる哀しみも、共に死ねない苦しみを味合わずにすんだのに。
「叶わない願い。苦しい願い」
自分が吸血鬼だから。
「なんで……オレなんだよ」
エドワードは静かな独白を聞きながら男を見上げた。その先の白い顔は、哀しい色を広げていた。とても哀しい、痛い、瞳の黒を。
「私もよく解らない。でも痛いんだ」
胸が。鼓動を刻まない筈の心臓があるべき場所が痛い。
男の大きな手が、胸の布地をぎゅっと掴んだ。黒い布と白い布に、皺が寄る。
「今まで、私にとって『ヒト』は生きる糧でしかなかった。血を貰って、生き延びる為に。終わり無き生の為に」
でも、今は。
「今は……口に出来ない、君の血以外」
躯が拒絶する。他の赫を。男の舌が白い肌に微かに残る血を舐めた。
「だから、私を君の下僕にしてくれ」
君の傍にいられるなら、それだけで充分だからと男は懇願する。
「……んだよ、それ」
訳が解らない、とエドワードの琥珀が歪み、逸らされた。
何が下僕だ。そんなもの、いらない。
「オレにはそんなの必要ねえ」
「私がそうして欲しい。もう、長すぎる生なんかいらない」
少年の手を握る男の手に力が入った。ぎり、と微かに音がする。それがこの男がそれを本当に望んでいるかのように物語って。
エドワードは逸らした琥珀を男に再度向けた。男の黒曜石はじっと見下ろしていた。相変わらず、そ黒は哀しい色を纏っていた。
「あんたを下僕にしてどうすんだよ。あんたがいたって、オレは……」
「ただ傍にいるだけでは、駄目かね?」
「……傲慢」
「ああ、吸血鬼だからな」
「答えになってねえよ」
また、琥珀が逸れた。次いで聞こえるのは、微かな溜め息。これは男のものだった。
「やはり駄目かね?」
エドワードは何も答えない。これは肯定だろうか否定だろうか。男には判断できない。
「あまりやりたくはなかったが……仕方がない」
一瞬哀しそうに微笑んだ男は、エドワードの上から退き、力の入らない小さな身体を起こし仰向けに寝かした。そして、またその躯を跨ぐ。
琥珀の視界には男と天井が。高い天井は魔とヒトが共存する逢魔が時の終わりを告げる紅に染まり、魔の夜が来ることを示す。
不思議と魅入った。血の如き赫に、今この時此処だけが違うような空間である様な錯覚を覚える。
「強引になるが、強情な君がいけないんだよ」
紅い天井から男へ視線を戻した瞬間、琥珀が見開かれた。
黒曜石が徐々に赫色に染まっている。それが陽のせいなのか、そうでないのか解らない。男の黒曜石が細くなり、薄い唇が開かれた。
「ただ下僕にするだけでいいんだ」
尖った爪を持つ手が黒衣を破り、白い肌を紅い陽に晒す。何か施されているのか、抵抗も動くことも出来ない。
「私は君の生が終わるまで仕えよう」
右手の人差し指が心臓の上に降り、素早く柔らかな肌の上を滑った。鋭い爪が辿った痕には血が赤く残り、何かを形作っているよう。次々に溢れる血によってその形は不鮮明であり、良く認識する事が不可能だった。ただ、爪が皮膚を裂く度痛みがあるのは確か。
「『Under the Rose』」
流暢なクイーンズイングリッシュが、軽やかに紡いだ。言葉を紡いだ唇が裂かれた皮膚を舐め、血を摂る。美味い、と一言漏らし残る赫をざらりとした舌が全て舐め取った。
男が離れ其処の白に浮かぶは、赫で象られた一輪の薔薇。
「薔薇……?」
「そう、背徳の薔薇だよ」
冷たい手がそれを愛おしそうに撫でる。
「『Under the Rose』……内密に、誰にも。神父である君が魔に属する私を下僕にしたのだから」
己の思い通りにいった事がそんなにも嬉しいのか、男は笑みを深くした。それを見てエドワードの疑いは確信へ変わった。
もう抗えない。
もう戻れない。
全てはこの傲慢な吸血鬼の思い通りに。
「オレに……拒否権はねえんだな?」
男はゆっくりと頷いた。その事実を知らしめるかのように。
「もう君の肌に刻んでしまったから。一生消えない契りを」
見下ろした先の薔薇が赤く咲き誇っている。己の血色に染まって。これが一生を共にする契約。この男を一生下僕とする印。
エドワードは己に刻まれた薔薇から顔を上げ、血に似た赫色に底光りする瞳を見つめた。見上げる琥珀は、抵抗の色を失くしていた。
「なら、オレはあんたに何をすればいい?」
そう言えば、男は安堵してエドワードの上から退いた。そして、言葉を紡がず長い指が祭壇にあるナイフを指し示す。
いつの間にか戻っていた力が身体を起こした。血を吸われた後の怠惰感はなく、安易に歩く事が出来るのだ。これも吸血鬼の為す事なのだろうか。
破られてしまった服はどうする事も出来ないのでそのままに、祭壇へ近付いた。柄も刃も純銀で出来たそれを持ち上げようとして眼に強い光が入る。一瞬眼が眩んだが良く見れば、ステンドグラスから入る光をナイフが反射した光だった。
あ、とエドワードは言葉になりきれなかった音を零した。
ステンドグラスを背にヒトを見下ろす十字架の神が、己を蔑むよう。見上げた先の光景にそう自然と思えた。赤い夕陽を吸収したステンドグラスが常にはない色を創り、今だけ背徳者を裁くかのようにこの空間だけを別のものにしている、と錯覚する。
そうだ、自分は背いた。
魔に身を赦してはいけない、という教えに。
裁くのか?
神は、この穢れた身を蔑むのか。
「エドワード」
神への懺悔を遮るように、低い声が鼓膜を震わせる。それは神への懺悔さえも奪おうとする。もう元には戻れない、と。
ナイフを手に十字架へ背を向け、長椅子で優雅に脚を組みながら見上げる男の前に寄った。見上げる赫色を含む黒曜石は楽しそう。
「君も知っているね? 吸血鬼は純銀に触れるとどうなるか」
純銀は吸血鬼が最も忌む武器だ。だから、ヴァンパイアハンターは純銀の弾丸を狂気に陥った吸血鬼の心臓へ打ち込み、滅ぼす。
「私たちは傷を付けられれば肌がヒトで言う火傷のようになる。一生消えない傷に」
エドワードは純銀のナイフと先の言葉を複合して、この男がやらんとすることを理解した。
「そう、それで私に主従の契りを施すんだ」
君が、と男は服を剥ぎ白すぎる肌を晒して、エドワードの腕を掴み己の左胸に刃先を向けた。そこがこの吸血鬼の心臓の位置なのだろう。
「ここに十字架を刻みたまえ」
刃の先が、白い肌に触れた。その一点だけ変色し、火傷をしたようにケロイド状になる。自分が何をしているのか恐ろしくなりナイフを離そうとしても、がっちりと掴む手がそれを赦さない。
「もう諦めたまえ。こうするしかない」
「っ!」
言葉の終わりと共に刃先を肌の上を走った。男の手がナイフを持つ腕を横に薙ぎ払ったのだ。
純銀の刃が創った裂傷が微かに煙を上げ、徐々にケロイド状になる。醜い火傷痕のようだ。
「これ……が?」
「ああ。純銀はこの身を焼くから」
ほら、とやんわりと促され、震える手で、裂傷と交差する縦方向にまた裂傷を創った。同様に、火傷痕になる。
男の手が離れるとエドワードの腕は力を無くしたように垂れ下がり、持っていたナイフも重力に従って床と衝突し滑った。遠くでカランと金属が大理石を滑る音がする。
「これで私は君の下僕だ」
男は本当に嬉しそうに、微笑んだ。しがらみから解放されたような、安堵を混ぜたような笑みで。
ぐいと腕を引かれ、エドワードは為されるがまま男の腕の中へ収まった。
「……あんたがオレの下僕になっていいことってあんの?」
「君だけの血を呑める。終わりのない生に終止符を打てる。だから、」
君の下僕となる契りを結んだ。と、男は額に口吻けを落として答えた。
ヒトは短い寿命を全うし、先に死に逝く。自分を置いて。
「愛しい人が先に逝く様を見るのは苦しい」
もう見たくない。だから、契約をして君の死が訪れると共に逝く。それほどに幸福なことはない。
そう紡ぐ男の声には恍惚感さえもある。
「これからは終わりが訪れることを待ちながら君と暮らせるよ」
「それで満足?」
「勿論。ミサを訪れて君を見る度、私の欲求は凄かったから」
正面から抱かれていた身体を反転させられ、後ろから抱き竦められる形となる。全てを手に入れた、と主張せんと。
「また君の血を飲みたい、エドワード」
痕の残る首筋をざらりと這う、舌。またあの妙な感覚が襲い来る。それだけで力が抜けてしまいそうな。
「っ、こき使って…やるっ」
「喜んで」
同じところに、牙が突き刺さった。痛みはなく、啜っては舐めてを繰り返すその行為に、自然と身体が熱くなる。呼気さえも熱くなり、小さく声も漏れる。
これは何だろうと思考する間もなく頭の芯もぼうっと霞み、羊水中を漂っているかのような浮遊感に、エドワードは瞼を下ろした。
啜っていた唇が離れ、熱い呼気を零す己のへ重なる。血の味がした。これが自分の血らしい。正直不味い。
こんなのが、美味いの?
濡れる視界を開き、後ろの男を見上げた。やはり、恍惚とした表情をしていて、妖艶で淫靡。
「そうだ、私の名を言っていなかったね」
首筋の血の跡を舌でなぞり、また口吻ける。
「私は、ロイ・マスタング。この名を呼んで私を縛るがいい。エドワード」
深く深く唇が重なった。
久しぶりの人の形を持つ者との接触に魔と契りを交わしたこの身体は熱を持つ。
ああ、愚かだ。
神に仕える身なのに、ロイが与える快楽に溺れ舞い上がって。こんなにも愚かだから。背徳に塗り固められてしまったから。
裁いて下さってもいいです、神様。
しかし、背徳に染まった幼き神父への神からの裁きは無かった。
この日から、ロイ・マスタングという名の吸血鬼との生活が始まった。
Closed...